矢崎存美「海の家のぶたぶた」光文社文庫
ご存知、定番。
ぶたぶたの水戸黄門。
似たような話ばかりだけど、ほのぼのするので大好き。
ぶたぶたの山崎さんがこの世に実存していたら、絶対会いたい。

阿部智里「空棺の烏」文春文庫
壮大な和風ファンタジーロマン、烏シリーズ文庫版最新刊。
読み始めの読者を後半であっさり裏切るどんでん返しは健在。
え、今そこ裏切る?
思いこみながら読む読者を嘲笑うような展開。
ドキドキする楽しさを再び。

佐々木閑「出家的人生のすすめ」集英社新書
「親鸞」を紹介してくれた上司から頂いた本。
著者から直接頂いたそうだが、読んだ形跡なし(笑)

同著者の「科学するブッダ」を読んだ後だと
一般向けのこの本はやや物足りなく感じる。
著者の興味が科学と仏教であるため、この二つをどうしても繋げたい思いは
「科学するブッダ」と同じだが、前者を読まずにこの展開を読むと
一般向けに優しく書いてあっても理解は難しいだろうと思う。

最近有名になった「この地球に山や森は存在しない」動画を見てみた時
その時、忽然と理解したのが、
「科学するブッダ」で書かれていた「科学の人間化」という著者独特の概念だ。
本を読んだ限りでは、なかなか理解することが難しい概念だったが
「この地球に」を始めとする、エデンメディアの動画をいろいろと見て感じたのが
彼らは人間化の真逆「世界の神化」を主張しているので
その逆か、と理解したのだった。

「出家的人生のすすめ」の感想と異なり、「科学するブッダ」の追加感想になってしまった。
家の近所の小さな薬屋
母が入院していた頃、汚れた食器洗いが面倒臭くて放っておいたのだが
溜めた水に投入後、すすぐだけでこすり洗い不要の
便利な洗剤をこの小さな薬屋で見つけたのだった。
無くなると買いに行き、無くなると買いに行き。
そうこうしているうちに
湿布薬とか風邪薬もここで買うようになった。
老夫婦が切り盛りしている店。
リピーターを増やすためか、小さなポイントカードを作っていて
百円買うたびにバンビのハンコを押してくれる。
全部たまると、確か六百円の品と交換
だったかな。
全部たまる前に行かなくなった。
通販に切り替えたからね。
そして今、かつてよく歩いたところをグーグルマップで
もう一度懐かしく見ていたんだけど、
案の定というべきか、老夫婦の小さな薬局は無くなっていた。
ポイントのハンコ頑張って溜めていたんだけど。
時間って残酷。
いつも帽子をかぶって仕事に行きます。
以前はハンチング被っていましたが、電車の中を見回すと
おじいさんのハンチング率が高いので
最近ワークキャップに変えました。

今日は朝から曇り空。
朝シャンして洗った頭に帽子をかぶりたくなくて
お日様が出ていないことを言い訳に
今朝は帽子をかぶらずに出かけました。

そしたら寄りによって今日、頭のてっぺんを打ってしまいました。
打った反動で思わず後ろにしゃがむぼく。
レンガの壁に肘をついて、かろうじてコケることは免れました。
足元に蟻の行列。
こういう時、何に打ったかは確かめません。
再び打たないよう、腰を屈めて通り抜けました。

帽子をかぶっているときは打たないのになぁ。
庇で前が見えないから、いつもはもっと腰を屈めているのに
今日は前が見えるからつい頭をもたげてしまったのかもしれません。

通勤路にそんな危険なところがあるのでしょうか?
いえ、ここは、、、近道なんです。
猫や虫や蛇はよく通ります。

電車に乗ってからふと肘を見ると、黒く汚れていました。
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大愚和尚の8月のカレンダー。
2日に写真を撮ったんだけど、今頃UPします。
動画はこちら
 (Click!) 
今の家に引っ越して来た時、
親父は家の鍵をいっぱい複製して自分の姉妹に配っていた。
たぶん、自分が設計した家なので嬉しすぎてハイテンションだったのだろう。

まず、一番上のお姉さん。
これは同じ学区の離れたところに住んでいたが
孫もいて自分の家と我が家の間にスーパーがあるのだが
途中で休みたい、水も飲みたい時に自分の家に帰らずにうちで休みたい
というので親父は鍵の複製を渡したようだ。意味不明。

親父他界後もその鍵はその伯母さんが持っていて、
ぼくが留守の間に勝手に入り込んでいて
帰宅したら電気もついていない暗がりから
「よっ」
て言われてびっくりしたことがちょくちょく。

妹が
「パパがおばちゃんに渡した鍵は早く回収しないとやばい。
おばちゃんがうちで何かあって倒れたり死んだりしたら、面倒臭いことになる」
というので
再三伯母さんのうちに行って、鍵を返してくれるよう話をした。
渋っていたが、
「じゃあ、おばちゃんの家の鍵もぼくが持っているわ。
散歩に来た時に喉が渇いたら、勝手に入って勝手に冷蔵庫開けて
中のもん、飲み食いさせてもらうし」
と言うと
「そんなバカなこと、出来るわけないがな。他人の家に勝手に入るって
ママはあんたをそんな非常識な人間に育てたんか」
と切れたので
「同じこと」
と言うと、渋々、鍵を返してくれた。

二番目の叔母にも親父は鍵を渡していた。
ただ、この叔母は誰かが自分を出迎えてくれて当然
兄(親父)の家族はどんな用事があっても自分が来ると
わかれば用事をキャンセルして自分を出迎え、歓待し
肩を揉み、美味しいものを食べさせてくれて当然
と言うであったため、
幸か不幸か留守宅に勝手に入って来る
と言うことはなかった。

この叔母にも
「おばちゃんちの鍵、何かあった時の場合に備えてぼくが持っているわ」
と言ったら
「なに言っているの。縁起の悪い。私に何かあったらいいなと思っているのかいな。
鍵なんか、あんたに渡すわけあらへん」
と言うので
「同じこと。親父が渡したかもしれんが、親父死んだからいままで通り
うちに勝手に入ってこられるより、ちゃんとお迎えしたいから」
と言って鍵を返してもらった。

最後は妹だ。

妹は他府県にいるのだが、雨女で台風女。
妹が来ると言うので家中を掃除し
また、台風も来ると言うので家中の窓という窓、シャッターというシャッターを
全部閉めて、アイスクリームでも買いに行こうと歩いていたら
駅の方から妹が来たのですれちがった。

アイスクリームを買って家に戻るとぼくは唖然とした。
台風の暴風雨の最中、家中のシャッターが開けられ、家中の窓が開けられ
家中の網戸も開けられ、ああいう光景は生まれて初めて見たが
家中のカーテンが外に向かって水平にたなびいていたのだった。

バ〜タバタバタバタバタ

雨風が家に吹き込み、仏間も応接間もソファーも畳もビッショ濡れ

ぼくは慌てて家に飛び込み、
家中の網戸を閉め、窓を閉めた。

「なにするのん!?」
と言うと妹がその時放った言葉が今でも忘れられない。
「あ、そう?空気入れ替えていただけやけどね」

大震災の後、関東に住んでいる妹が被災し
食料や水がないと言うので京都から色々送った。
ぼくが送った宅配便が妹のところに着く前に
妹は我が家に来て(来れたんかい!)
しかもぼくが留守中に来て、我が家の冷蔵庫内の食材を勝手に自分の家に送ったことがあった。
妹のうちに救護物資送って帰って来たら、うちの冷蔵庫空っぽで
ボーゼンとしたのだった。妹の書き置きはあったが、、

こんな年もあった。
ぼくが仕事で留守にしているのが分かっていながら
留守宅に合鍵で入り、仏壇の両親にお参りしたのはいいが
線香の火を消さずに帰るつもりの妹が玄関の鍵を閉めるのに
悪戦苦闘している時にぼくが帰って来たのだった。

妹はぼくにこう言った。
「お参りに来たで。ありがたく思い。あ、線香の、消してないから
それから、この鍵、変えといたほうがいいで。回しにくい」

あ、そう。そうさせてもらいますわ。
妹が帰った翌日に、鍵屋に連絡し玄関の鍵を交換したのだった。

以来、我が家もぼくも心配事がひとつ減り、平和になったのであった。
今考えると、親父がなぜ鍵をばらまいたか知らんが
変すぎ。親父とその姉妹との境界が曖昧だったせいで
ぼくと妹の境界も曖昧だった。ただ、妹はがめついと言うか
可愛く言えばちゃっかりしていたので
お兄ちゃんのものは私のもの、私のものは私のもの、私が使うお金はお兄ちゃんの財布から
と言うスタンスでずーっと生きて来た。それが可愛い時もあったが、もうあかんで、ほんま。

一応、お盆、お迎えでごんすと言うことで死んだ親父には言うことがいっぱいある。