毎日のように読んでいるとある心療内科医さんのブログを読んでいて、
ようやく自分のことが分かった。
ぼくを悩ませている、と言ってそれほど深刻に毎日悩んでいるわけではない
と言ってそれが起こるとむちゃくちゃ時間が過ぎて行く、
あとで振り返るとその時間自分が何をしていたか思い出せない、そんな時間がある、
気を失っていたわけでもないのに、知らない間に時間が過ぎて
6時にやろうと思っていたのに気がつくと9時
階段を登ったり降りたりして気がつくと11時
午前中にやらないと意味がないと思っていたはずなのに気がつくと14時
何もしない間にみるみる時間だけが過ぎて
とうとう予定のことができずに16時になり、もう遅くなって
予定をやめることに決めたらホッとする。

メールを打つにも送信するまで20分も40分もかかる。
十分な時間をかけて打ったメールはもう一度読んで誤字脱字がないかチェックして
表現があっているかどうかチェックして、もう一度全体を読んだら
40分かかるのは当然と思うが、どうも他の人は違うらしい。
ぼくだけがものすごく時間がかかる。

それは
強迫的緩慢  (Click!)  
という心理状態なのだと昨夜初めて知った。

強迫性障害という名前は知っていたが、ネットで自己チェックしても
自分には当たらないので、初期に外していた。
まさか、強迫性障害の種類がこんなにもあるとは知らなかった。

アスペルガーだろうか
(点数は高いが閾値は超えない)
ADHDだろうか
(ADDというのにかなり近い)
緘黙だろうか
(それもあるかもしれない。時間が過ぎて行く間は黙っているがちょっと違う気もする)
ACだろうか
(いや〜、それはあまりというか全然方向が違うような)
自閉症だろうか
(似た症状がないとは言えないが、違うと思う)
アパシーだろうか
(学生の頃はその傾向がなかったとは言えないが全体を通してみれば違うような)

専門家でもないのに自己判断は無意味だと思うが
ああでもない、こうでもないと
時間を費やすこと、それ自体が強迫的緩慢の特徴であり、症状だった。

ネットで「強迫的緩慢」を検索しても書いてあることは一律に同じ文章であり
詳細に述べているサイトはなく、お医者さんにも知らない人がいるということ
本人の行動というより頭の中で強迫が行われているので周りの人には理解されないこと
本人に強迫性障害の自意識がないので本人も気がつかないこと
ぐらいしか情報がない。

仏教ではそれを妄想という(by 大愚和尚)
妄想はやめなさいと言われて止められるのならとっくに止めているはず。
止められないから「症状」なのであって。

ただ、こういう症状が現実にあるのだと知識として知ったことだけでも
この心療内科医さんのブログを2017年のものから毎日遡った意義があった。
たどり着くまで実に8年分を遡ったことになる。
心理的な文章以外はほとんどスルーしたからそんなに時間はかからなかったけど。
でも、まさかここに自分の答えが書いてあるとは知らないから、
どうしてここまでしつこく遡って読んでいるんだろう
という疑問は残る。(と、いろいろ考えるのが症状です)

ネタ探しに困るブログ書きには丁度いい心理じゃないだろうか。
細々と頭の中の妄想を書いていればいいんだから。
平日の朝は極力ガスを使わないことにしている。
ガスの止め忘れが怖いからだ。
だからコーヒーと牛乳を買っておいて、冷たいカフェオレでパンを流し込んでいる。
ガスを使うのは主に土日だ。気持ちに余裕があるし、ドリップでコーヒーを入れる。
今のインスタントコーヒーがなくなれば、インスタントはもうやめようと思っている。
ドリップか、出来合いのコーヒーだけでいいと思う。
夜は平日でも気持ちに余裕があるのでお湯を沸かし、ココアを飲む。
夜のカフェインは極力取らない。たまにチョコレートをつまむ程度。

行きつけのスーパーが閉店したのですごく不便になった。
仕事帰りにA店で魚を買ったのだが
天然ぶりなのにすごくまずくて食べられなかった。
B店で買ったぶりあらの方が美味しかったので、これからは
魚はB店にしよう。
鶏肉も、A店は若鶏が多いが、若鶏は味無い。
これもB店の方が味が濃い。肉と魚はB店にしよう。
A店では和菓子かフルーツ、麺類ぐらいか。
いずれの店も遠いので行くとなったら気合い入れて行かねばならない。
加工肉を食べると舌が痺れるようになったし
コンビニ弁当のご飯は時々塩素臭くて口にするのが怖くなった。
極力生の肉や魚を買って自分で料理したいのだが。

昨日のためしてガッテンで肉のたんぱく質の大切さを言っていたが
この場合の肉とはなんの肉のことだろう。
牛肉かな?でもぼくは牛肉をやめて久しい。
牛肉を食べて美味しいと思ったことがない
と言うことに気づいたからだ。肉が美味しいのはタレの味であって
焼肉屋が流行るのは肉じゃなくてタレを食べに行っているからじゃなかろうか。
牛ステーキより豚ステーキの方が美味しいと思っていた。
豚バラよりも腕や腿の方を買っていたが、
豚もそろそろやめようかと思っている。
残るは鶏肉だけだが、鶏は好きなのでおそらく肉といえばぼくは鶏だろう。

たんぱく質は何も肉だけからとは限らないので
豆からも取れる。豆腐、納豆、まめ。
うん。A店で美味しいのは豆腐と納豆だった。

我が家の両親は共働きだったし、祖父母も色々と忙しい人達だったので
小さい頃から自炊していた。
米の炊き方、カニの煮方は祖母から特訓を受け
ガス炊飯器の扱い方、包丁の使い方は母から教わり、
両親や祖父母が帰ってくる頃までには米が炊き終わっていた。

ぼくが唯一できないのは油で揚げることで、
それは怖かった。
フライパンに油をなみなみとそそぐのも怖かったし
火をつけるのも怖かった。
フライパンは柄が飛び出ているので、何かの拍子に手が当たって
ひっくり返ってこぼれた油に引火したらどうしよう
って考えたら、怖くて怖くて扱えなかった。

今考えてみたら、油で揚げる時に我が家はなぜフライパンだったのだろう。
もうちょっと扱いやすい鍋とか専用の鍋とか、あったんじゃなかろうか。
なので、祖母が晩年、揚げ物が欲しいと言った時、すごく困って
ちょっと離れたところに住んでいる祖母の長女(伯母さん)を電話で呼び出して
作ってもらった。
伯母さんは
「こんな簡単なものをなぜ作れないのか」
と呼び出されて料理を作らされることに文句たらたらだったが
今考えると、等身で言えば伯母さんは祖母の娘、ぼくは孫なんだから
母親に料理を作るのに文句言う伯母さんの方が変じゃね?

そんなこんなで天然ぶりが想定外にまずかったので
今の冷蔵庫にはうどんと絹ごしどうふ、えのきとしめじしかない。
ぶり鍋にしようと思っていたけど、ぶりなし鍋(味なさそう)で
昼ごはんにしようと思う。
豊田巧「RAIL WARS! 日本國有鉄道公安隊」株式会社創芸社

国鉄が分割民営化しなかったら、どんな社会になっていたか
を想像を膨らませて描いたジュブナイルSF小説。
安定した人生を夢見る一高校男子を主人公に
否応無く事件に巻き込まれ、鍛え上げられていく様を描く。

内容的には、ありがちな展開で、ありがちな会話、ありがちな伏線
最初の700ページ(ほとんどだが)は全く面白くない。
700ページ超えたあたりでテンポが良くなり、
そこそこ面白くなって来た。
最後は2巻が出るなら買ってみようかな、と思うぐらいには面白くなった。

表紙は可愛かったが、内容とはあまりリンクしていない。
それを期待して読むと全く面白くない(薄笑い)。
ヘンリー・クラウド、ジョン・タウンゼント共著
「バウンダリーズ 境界線 聖書が語る人間関係の大原則」地引網出版


500ページ近くある長大な一冊。
人間関係の極意を聖書をひもときながら細かく解説した本。
というのが大雑把な内容だが、一言で言って、よくわからない。
端的に言えば、自分で蒔いた種は自分で刈り取るしかない
という一言に尽きるかもしれない。
だから、他人が蒔いたタネを横から刈り取ると
人によっては依存され、
人によっては怒りを生じ
トラブルの元になる、ということ。

文章のそこかしこに現れる聖書の言葉が
内容をややこしくしているので、それを巻末にまとめるとか
すればもうちょっとわかりやすい本になるかもしれない。
一読しただけではよくわからない。
なぜこんなにも細かく、かつ長くなるのかもよくわからない。
いろんな人の行動を例に出しているが、結局どうすればいいのか
というポイントもよくわからない。

この本を紹介してくれた人も何度も読み返すって言ってた。
何度も読み返さないとわからない本なのかもしれない。

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岸見一郎、古賀文建 共著
「幸せになる勇気 自己啓発の源流 アドラーの教え2」ダイヤモンド社


前著「嫌われる勇気」には共感するところが多々あり、ぼくの生き方の8割ぐらいは
自然とアドラーの教えと共通していると感じたが
この2巻目はどうもいただけない。だんだん、屁理屈っぽく感じられ
古賀が描く主人公の青年が情緒不安定で暴言を吐いたかと思うとおとなしくなり
最後は唐突な終わり方をしている。

アドラーといえば、物議を醸した刑事ドラマ「嫌われる勇気」の中で
主人公の安藤蘭子(香里奈)が無表情過ぎて刑事ドラマ、人間ドラマというより
フランケンシュタイン物語じゃないかと錯覚するほどだったが
とうとう、アドラー心理学会からクレームがついてしまった。

大学時代から、フロイトよりもユングに傾倒して色々読んだが
アドラーは食わず嫌いだった。そして今回この2冊を読んだわけだが
アドラーは心理学というより哲学。哲学というよりライフハックという性格が濃い気がする。

これも一読しただけではよくわからない内容ではある。

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アルボムッレ・スマナサーラ「原訳 スッタ・ニパータ 蛇の章」佼成出版社

平易な日本語で書かれてあるが、これもまたよくわからない。
何が書いてあるか、全くわからない。
難しいというより、異質。というか、意味がわからない。
大愚和尚が好きな経典二つのうち一つがダンマパダ、もう一つがスッタニパータ。
日本人が書いた本よりも現地から日本に来た著者がパーリ語から日本語に
訳した方が原典に忠実だろうと思ったのだが、豈図らんや。さっぱりわからないのであった。

これが読んですぐわかるようなら凡人とはいえず、もはや悟りを開いたブッダという
ことであろうと思う。
何度も読まないとわからない、あるいはわかるという境地に近づけない内容。
Mac Fan 2016.11月号に
Sierra になるとQuickTime が使えなくなると書いてあったが、
QuickTimeplayerは残してあった。
WEBカメラを接続すると、El Capitanと同じように使えた。
ただ、画質はイマイチで、El Capitanよりは暗部に強いが、
Yosemiteほどゲインを上げられず暗い部分は底上げしてくれない。

同じアプリでもOSによって性能が変わる。
良くなっていくならまだしも、悪くなったり普通になったりというのはどうよ?

また、late 2009 モデル iMac 27inch の背面コネクタにはライン出力が独立してあったが
late 2015 モデル iMac 27inch 5K にはライン出力がなくなっている。
大愚和尚の音声メルマガを iPod で聞くためにライン出力して録音しているので
困ったな、と思っていた。検索してみると、イヤフォンジャックがライン出力も兼ねている
らしいので、試してみようと思う。

2017/5/20 追記
イヤフォンジャックからライン出力出来た。

El Capitan では iPod touch をつなげて同期するとき、ロックを外さないと
いけなくて面倒臭かったが、Sierra ではロックを外さなくとも同期できるようになった。
El Capitan 以前に戻っただけだけど。