今日は朝から小雨が降っているので、家事をする日に決定です。
夏服を片付けて、洗濯をして、もう着ないであろう服を婦人会のリユース袋へ入れます。
選択肢終わった夏用のシャツをクローゼットに片付け中、
(入って右側は冬用、左側は夏用にぶら下げてます)
夏用の朝の長袖白シャツが冬用のラックに混ざっていたので
動かそうと周りのコートをどかした途端

うわっ

白シャツの中にユウレイグモが二匹もいました。
暗い場所に白シャツだから、獲物がくると踏んで中にスタンバっていた
のかもしれませんが。。。ハンガーごと外に出して、
ゴキジェットでシューってして庭のどこかに行ってもらいました。
このシャツは、、もう着れない。。

ぎちぎちに丸めてビニール袋に入れて、ゴミ行きです。
新品じゃなく、どれだけブライトかけても首の黄ばみが取れないので
最近は着ていなかったのでした。捨てるには勿体無いし、家用にしていたので
捨てることに躊躇はありません。

袖を通すたびに二匹の蜘蛛を思い出すシャツって、もう着れないでしょう?
おかげで、クローゼット内の他の服にも蜘蛛が付いているかもって思うと
着る前には絶対チェックしなきゃ。。

ぼくは間モノのシャツあまり持っていないので
(少し我慢すると冬だから、夏用と冬用は充実)
また LLBean かエディバウアーで買います。
(ユニクロの長袖はぼくには袖が短すぎるんです)

服を片付けている間に Mac OS 10.13 High Sierra をインストールしました。
小一時間ほどでアップデート終わりました。
一晩かかっていた昔とは格段の差ですね。
笹山久三「四万十川 あつよしの夏」河出書房

面白かった。
考えを言葉にすることが他の子供より難しい少年、あつよし(アツ君、篤義)が
一夏の経験を通して成長する様を、心のひだ一本一本をより分けながら
細密に描写するという余人にはできにくい手法で描いた傑作(と言ってよかろうか)。

学校では級友に揉まれ、あつよしを暖かく見守る家族の中でも
いろんな出来事が彼の心を揺さぶる。
揺さぶるが、それを言葉に出来るほどの言語能力がまだない。
家族は、彼の目を見て「今心を閉ざしている」「聞いているだけ」「こっちに戻ってきた」
と判断し言葉を選んでいる。中でも、学がないという設定のお父さんが
なかなかの洞察力があり、言葉は荒くとも繊細なところまで表現できるということ
に感銘を受けた。やや単純なお母さんも、複雑なことはよく分からないが
あつよしの成長を心で受け止めている。

お兄さん、お姉さん、弟、妹。あつよしはその真ん中にあって
兄弟間の軋轢を緩衝する役目を持っている。

本書は、「くろい子猫」「うばが谷の大蛇」と2部構成になっている。
「くろい子猫」では猫の間引きを背景としながら、あつよしの心の軋轢を描く。
「うばが谷の大蛇」では、貧乏を背景に心の弱い部分に気づいていく成長を描く。


昭和63年初版、先日の古本市で見つけた本。
手にとって、パラパラめくっただけでこれは面白そうと閃いて買ってきた。
ぼくのひらめきは当たっていた。
四国の方言丸出しの言葉遣い、今の本だったら絶対言葉の説明が
欄外や巻末に記されているだろうが、これはそういう現代的老婆心的親切さは全くない。
分からない言葉はわからないままにありのまま読み進めるしかない。
それが、またいい。

再読決定。
塩沼亮潤「歩くだけで不調が消える 歩行禅のすすめ」KADOKAWA

新しい仏教の本を読みたくて、丸善で探していた時に見つけた本。
1回目は「ちょっと、、アレかな」と思ってスルーしたが
どうにもやっぱり気になるときは買わないと後で後悔するので
2度目に行った時に買った。

何が気になったかというと、
一つ目は可愛いイラスト
二つ目は大阿闍梨が書かれた本
ということ。

歩行禅に関しては、思った通り、というか想像の範囲を出ず大したことなかった。
色々な「ごめんなさい」を考え付く限り思い出し「ごめんなさい」「ごめんなさい」と歩くこと
帰り道は、色々な「ありがとう」を想起し「ありがとう」「ありがとう」と歩くこと
そして帰ってきたら、座禅を組むこと

要は、それだけだ。
それは目次の段階でそう書いてあるので。

一つ、これは全く目新しいというわけではないが
こういう表現は新しいかもしれないと思ったのが
25から26ページ(以下引用)
 昔、釈尊は、当時のインドの王様に「人間の生き方には4種類しかない」という
お話を説かれました。
 その4種類とは、次のようなものです。

「光から光へと生きていく人間」
「光から闇へと生きていく人間」
「闇から闇へと生きていく人間」
「闇から光へと生きていく人間」


 光というのは、人間が理想とする生き方。(略)
 闇というのは、怒り、恨み、憎しみ、悲しみの気持ちにとらわれたネガティブな生き方。

(引用終わり)

全体の構成としては3部からなる。
1は「歩行禅」
2は「心のエクササイズ」
3は「続ける技術」
どれが重要というものでもなく、どれもリンクし合っている。

柔らかい文章で著者の優しさがにじみ出ている気がする。
それが出来ればいいけどそうは言ってもできないんだよな
ってのが正直な本音。


品田遊「止まりだしたら走らない」株式会社コルク

なかなか、面白かった。
内容は実験的で、まぁ、こういう小説が他にはないとは言わないが
最初から最後の方まで「なんじゃこりゃ」な内容の羅列である。
これらの掌編が最後どこに行き着くのかよく分からないまま
読者は走る列車に乗せられて何処かへ運ばれていくのである。
着いた先が高尾山だが、そこで読者は著者にまんまと騙されていることに気づくのだ。
ということで、もう1回ぐらい読み返してもいいが、ネタバレした後は
あまり面白くなさそうな気がする。一発芸人みたいな小説。
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毎年恒例、この時期に今出川知恩寺で行われる古本市へ行ってきました。
古本屋さんも、早く在庫をはかそうと思うのか
3冊500円のところばかりでした。
これで「1冊だけでは売りません」って買いてあるんですよね。
各古本の棚のハードカバーのコーナーで3冊も欲しい本がある方が少ないので
結局、3冊だけ買って(1店だけ3冊買えた)
ハードカバー3冊リュックに入れるとそれだけで重くなったので
(脱いだ上着とジュースのペットボトルも入っているし)
あとはざっと見ただけで帰ってきました。
古本市側もいろいろ考えるのでしょうけど、3冊500円は魅力的だけど
売る方がゴミと思っていたら、買う方もゴミなので
3冊揃える努力を買う側に求めるのはどうかと思うんですけどね〜。

今日買ったのはそのうちまた読後感でお知らせできると思いますが
ダライ・ラマの死生観
エッセイだか小説だか微妙なエッセイみたいな小説にも見えるエッセイ
サイコホラー
の3冊です。
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闇の時間は長く
光の時間は短い



パワハラをする人は小さく狭い人
モラハラをする人は弱くて傲慢な人
セクハラをする人は愛されなかった人



嫌なことがあった日には真如堂から夕日を眺める。
落ちていきますように
落ちていきますように
西山の向こうへ沈むお日様と一緒に
嫌なことが消えていきますようにと



今が地獄、ここが地獄
出口しかない地獄の
本当の出口を探して迷う日々
どの扉を開けても
向こう側に広がる無明の深さ

真っ暗闇の心の闇